すべての多次元好きに薦めたい本『多次元・球面国―ふくらんだ国のファンタジー』ディオニス・バ-ガ-・著,森毅・序、石崎阿砂子・訳 1992年9月25日第一刷発行
多分実家の書斎にあったのを拝借してきた本だと思う。とすれば亡父が買ったものだろう。
2次元の世界フラットランドの住民たちが繰り広げるファンタジー小説。
中学生くらいから大人まで楽しめるワクワクで不思議な国への探検書。
本作とは違う著者のエドウィン・アボット博士(1838年生まれ)が1880年頃に書いた前作『フラットランド(平面国)-スクエア氏が語る多次元のロマン』(多次元・平面国―ペチャンコ世界の住人たち)の続編。
1世紀を経ての続編、素敵だ、、、。
そこは”高さ”のない平面の世界フラットランド。
三角形や四角形や多角形たちが住んでいる。
角が多いほど知能が高いと思われステータスも高かったが、近年その階級意識に改革があったりと2次元もいろいろあるんだな。
彼らは”高さ”を持たない世界に住んでいるのでお互いを線としてしか認識できない。
三角形や四角形だと認識できるのは”高さ”を持つ3次元の住民だから分かるんやね。
ではなんでフラットランドの住民がお互いの角数や角度が分かるかっていうと、フラットランドはいつも霧に覆われていて遠いものほど霞むので訓練を受ければ視覚で角が分かるらしい。あと実際に触って確認する方法もある。
フラットランドの住民スクエア氏は夢で2次元の世界であるラインランドに度々出かけそこの王様と会話をする。
ラインランドの住民はお互いを点としか認識できない。
線には実はそれぞれ”長さ”があるのですよとスクエア氏が王様に教えるが王様はまるで理解できない。
スクエア氏には線分である王様の体の外も中も観える。試しに王様の体の中を触ってみると王様は何が起こったのか分からず怒り出してしまう。
”長さ”は2次元以上の次元にいないと認識できないんやね。
ある日スクエア氏の前に3次元の住民である”球”が現れた。
始めは点、そしてそれは小さな円になり次第に大きな円になった。
”球”は平面を通り過ぎたに過ぎないと言う。
急に空間に表れたように観えるが、違う”高さ”から出入りしただけだという。
スクエア氏には”高さ”というものが分からないので”球”の言っていることが分からない。
”球”はスクエア氏の体の外も中も観える。フラットランドにはない次元の”高さ”があるからだ。
1mは1次元の線分
1㎡は2次元の面積
1㎥は3次元の立方体
を表しており、僕ら3次元の住民はどれも体験的に知覚可能だ。
では1mの4乗は?
4次元の超立方体を表している。ってことは分かる。
+1次元以上のことは自分が住んでいる次元の方向には存在しない広がりを持つので知覚はまず不可能。
だけどスクエア氏はアナロジー(類推)を使ってそれを理解する。
知覚はできないけれど理解はできる。
この本を読んでスクエア氏のように僕も4次元以上の次元についてアナロジー的に理解が深まった。
凄い本だぞこれは。
アボット博士が書いた時代に多次元の存在を考えるってどんな感じだったんだろう。
どこかオカルトのように思われていたのだろうか。
ファンタジー小説にしたのが良いな。
アボット博士、あなたのような博士たちやアーティスト達のお陰で2020年の現在では多次元の存在を語ってもそれほど異質的な目でみられないよ。
スクエア氏がこんなことも言っていた。
”球は私を夢の中で0次元の世界に連れていきました。
そこは一点だけが存在する世界です。
そこで点は幸せそうに、自分がその世界のすべてと思いこんでいました。
それもそのはず、そこには次元が一つもなかったのですから。”
自分が抱いてる世界のはじまりのイメージとリンクする。
時間と空間を考えるのにNHKスペシャル『アインシュタインロマン』と合わせてお薦めする作品。
多次元を理解する鍵はアナロジーとアートだ。
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